あなたのためだけに本を選んでくれる「一万円選書」 ブレイク後はどうなった?

あなたのためだけに本を選んでくれる「一万円選書」 ブレイク後はどうなった?

北海道札幌市から特急列車で約1時間、砂川市にあるいわた書店は、あるサービスが大人気となったことがきっかけで、全国から注文が殺到するようになりました。そのサービスとは、店主が予算1万円で利用者一人一人におすすめの本をセレクトして送ってくれる「一万円選書」。

いわた書店ならではの“本選び”とはどのようなものなのでしょうか? なぜそれが、爆発的なヒットとなったのでしょうか? 店主の岩田徹(いわたとおる)さんにお話を伺いました。

深夜のテレビ番組がきっかけで大ブレイク

──「一万円選書」が生まれた背景についてお聞かせください。

岩田 いわた書店は、40坪程度の小さな書店です。1958年に私の父が開業し、私が跡を継ぎました。90年代に入るまでは、本を棚に並べておくだけで商売が成り立っていました。

いわた書店の外観。ロゴは岩田さんが子どもの頃に先代であるお父さんと一緒に考えたもの

しかし、砂川の町は炭鉱で発展した町です。炭鉱が閉山して徐々に人口が減り、街の活気が薄れていくと、書店も小規模なところから閉店が続くようになったんです。そういった状況で小さな書店にできることは、お客様一人一人の顔を思い浮かべながら本を仕入れることだと考え始めました。

2006年に、高校の先輩から「このお金で自分が読みたくなるような本を選んでよ」とお金を渡される機会があったんです。その先輩は忙しい人で、本は好きなのに書店に通ってじっくりと選ぶ時間がないとのことでした。

小さな書店でも、「こういう本がお好きならこんな本もはお好きでは?」と、本をおすすめすることはできます。そして、他にもそんな悩みを持っている人は多いはずだと考え、「一万円選書」を始めることにしました。

──なるほど。ちなみになぜ“一万円”なのでしょう?

岩田 語呂が良いということもありますし、スタートした当時は日本郵便の"ゆうメール"に3kgまでという規格がありまして(2018年9月から取り扱い重量が1kgまでに変更された)710円で全国各地に荷物を送れたんです。この3kgというのがだいたい書籍1万円分くらいだったんです。

岩田さんが一つ一つ丁寧に梱包している様子

──日本全国から注文を受けていたんですね。

岩田 インターネットを活用すれば、地方の書店でも全国からお客様の注文を受け付けることができます。とはいうものの、最初は鳴かず飛ばずで、月に2〜3人から注文があるかないかという感じでした。面白い試みだということで、テレビや新聞などマスコミからの取材も何度かありましたが、紹介されてから数日間は問い合わせや申し込みが増えても、継続しなかった。ただ、2014年の夏、テレビ番組で紹介されてから一気に変わったんです

──そこが「一万円選書」が大ブレイクした時なんですね。

岩田 放送時間帯は、視聴者が多いゴールデンタイムではなく深夜でした。「アレはスゴかった!!」(テレビ朝日系)という番組で、日曜日の夜に放送されたものです。その時間帯の視聴者には若い方が多く、テレビを見ながらスマホで「一万円選書」について検索したり、Twitterでつぶやいたりしたようでした。その結果、突如「一万円選書」という単語がTwitterのトレンドに入ったんです。

──Twitterでトレンドに入ると、その番組を見ていない人も「一万円選書」という言葉を目にするようになりますね。

岩田 そうなんです。そしてそれを目にした人の中に、朝のワイドショーを担当するテレビ局のディレクターもいたようです。そのディレクターが担当していた当時のワイドショーには、トレンド入りした単語を解説するコーナーがあって、そこであらためて「一万円選書」が紹介されました。すると、朝の視聴者がまたTwitterで「一万円選書」を話題にしてくれる。

放送された翌日には、200通を超える申し込みメールが届く事態になっていました。その後も注文が続き、放送から3日目で555通の注文が届いて、一度注文の受け付けを停止することになりました。

その後は、選書を利用してくださった方が感想をTwitterやブログに書いて、それを読んだ方から問い合わせをいただくという循環が生まれました。

──素晴らしいですね!

岩田 ただ、人に合わせて本を選ぶというのはとても大変なことです。実店舗の営業の合間を縫って行うので、多くても1日に4〜5人分の選書をするのが限界でした。結局、テレビでの紹介時にいただいた555件の注文を処理するだけで1年かかってしまったんです。

それ以降は年に数回の抽選を行う方式を取ることにしました。それでも、応募される方は日に日に増えていくという状況です。今年(2018年)10月の募集では3日間で約7,753通の応募がありました。

──そこまで注文が多いと通常のお店の営業もままならなくなりますね。選書の対象は全て岩田さんが実際に読んだ本なのですか?

岩田 はい。一万円選書がブレイクする約10年前から地元の新聞で書評欄を担当しており、週に1冊、500字程度でおすすめの本を紹介していました。ほぼ毎週掲載されるコーナーなので、年間で約50冊を紹介することになります。1冊の本を紹介するためには候補として2〜3冊、時にはそれ以上の本を読む必要があります。つまり、10年間、毎年約150冊の本を読み続けていたことになります。

特定のジャンルに偏らずあらゆる本を紹介するようにしていたので、幅広く本を読んでいました。この蓄積が一万円選書に生かされています。なるべく、ベストセラーではなく、「あまり知られていなくても良い本」を提案するようにしています。

──そこまでお忙しいのにもかかわらず、実店舗の営業も続けているんですよね。一万円選書がブレイクしたことで実店舗に影響はありますか?

岩田 大きく影響を受けています。まず、本棚ががらりと変わりました。お客様におすすめしたい本をその都度発注し、到着を待って発送するとなると、お客様に届くのが遅くなってしまいます。ですので、よく提案する本は多めに確保するためにあらかじめ注文しておくんです。

しかしながら当店は非常に小さい書店なので、倉庫だけでは保管が難しい。となると、売り場の本棚にも本を置くことになります。こうして日に日に新刊やベストセラーの割合が低下していきました。

それでも棚が足りないため、マンガや雑誌の棚も減らしました。そして、一万円選書で取り扱う文庫本などを、表紙が見える「面陳列」で置くようになりました。気が付くと非常に個性的な書店になっていたんです(笑)。

そして、働き方も変わりました。選書をしっかりするためには、本を読む時間を確保しなければなりません。ということで、日曜日は完全休業とし、土曜日と祭日も午前中のみの営業にしました。

──インターネット上のサービスが好調になったことで、店舗に並ぶ本や岩田さん自身の働き方にも大きな影響を与えたんですね。

岩田 お客さんの層も変わってきました。地元の方だけでなく、北海道観光のついでに立ち寄ってくれる方が現れました。小さいお店なのに1時間くらい滞在してくれて、1万円分くらい購入してくれるんです。

地方の小さな書店だったはずが、たくさんの方が大量に本を購入してくれる書店になりました。札幌には大型書店が多くあるのに、わざわざここまで来てくれるのは本当にありがたいですね。

お客様自身が自分を振り返る「カルテ」

──選書を受け付ける際、注文する人に「カルテ」の記入を依頼しているそうですね。「カルテ」の役割について教えてください。

岩田 選書で使う「カルテ」の項目は多岐にわたります。年齢や家族構成、職業などのほか、「あなたがこれまでに読んだ本で印象に残っているベスト20を教えてください」という質問もあります。

ベストの本を考えることは、1冊ならまだしも20冊となるととても大変なのです。きちんと20冊を選ぼうとすると、自分の人生そのものを振り返る必要が出てきます。他には、こんな質問もありますね。

・何歳の自分が好きですか?
・上手に歳を取ることができると思いますか? もしくは10年後、どんな大人になっていますか?
・これだけはしないと決めていることはありますか?
・一番したいことはなんですか?
・あなたにとって幸福とはなんですか?

──しっかり考えないと答えられない難しい質問が多いですね。

岩田 自分自身を振り返るために考えていただく質問なんです。質問に回答していくうちに、自分自身を客観的に考えられるようになるし、長い時間の中で人生を考えるようになる。そのために用意しました。

──そして、回答を読んで本を提案するのですね。

岩田 はい。高校生以上の方から80代の方まで、幅広い層に合わせて考えていきます。選んだ本を送る前に、メールで私からの手紙を添えた選書リストを送ります。カルテを綿密に拝見して、好みに合うであろう本を選ぶためか、「この本はすでに読んだよ」と返信をいただくこともありますね。その場合は、本を入れ替えて再度リストを作ります。そして、入金を確認してから発送します。

──岩田さんからの手紙というのはどのようなものでしょうか?

岩田 送る方や時期によって内容を若干変えているのですが、今年の10月に送った手紙の一部を紹介しますね。

一万円選書のご注文をありがとうございます。約7700通の応募の中から当選おめでとうございます。僕はただの本屋のおやじでしかありません。できることは、お客さまの話を聞いて、参考になりそうな本を紹介するぐらいです。

この一万円選書をやってきて分かったことがあります。お客さま自身が、これまでを振り返るとともに自分の人生を立ち止まって考えるいい機会にされているということ。

いまのうちに誰かに会っておくべき人がいるのでは?大切な人に大事な話をしておくべきではなかろうか?と、自然と考えられるようです。

こんなふうに、少し落ち着いて、違った切り口、別の視点を探り始めた人に僕は参考になりそうな本を提示するだけです。答えはお客様ご自身がすでに見つけられているようです。選書カルテにじっくり書き込むという作業自体がすでに良い結果を招いているようなのです。この一万円選書は、お客さまご自身の内側の力によって成り立っているのです。

僕は先日66歳になりました。この歳になってなりたかった本屋に少しずつですがやっと近づけた気がします。

数年前には店を畳もうかと追い詰められていたのにですよ。人生は何が起きるかわかりません。まだまだこれから。

勝負の行方は最終回の裏表。アディショナルタイムの攻防にかかっています。これからが本当に生きたい人生を生きられるという気がしてきました。

ということで、貴方様に以下の本を選ばせていただきます。

──お手紙の内容だけで、岩田さんの人柄が伝わりますね。そんな方が選んでくれた本だと思うとなおさら送られてくるのが楽しみになりそうです! ちなみに、最近おすすめの本はありますか?

岩田 最近よく提案している本は、スティーヴン・キングの『11/22/63』(文藝春秋)です。この物語は主人公が過去に戻って未来を変えようとする、いわゆるタイムトラベルものなのですが、スリルとサスペンスだけではないんです。

「自分は、過去になりたかった自分になれているだろうか?」と、自分自身を問い直してしまう話であり、そして、「数年後に『なりたかった自分になれた!』と思うようになりたい」と、考えてしまう話でもあります。カルテを記入することでしっかり過去の自分と向き合った方なら、物語をより深く感じ取れると思うので、よくおすすめしているんです。

書店が生き残るための個性

岩田 この頃はいろいろなイベントに呼ばれて一万円選書についてお話しする機会をいただいています。そこで私が話すのは「一万円選書はどんどん真似してください」ということ。全国各地の書店さんが一万円選書をやってくれるといいなと思っています。

同じ一万円選書でも、選書する担当者が異なれば本の構成は全く違うものになるはず。そうすると、注文するお客さまもいろいろな一万円選書を頼んでみたくなる。当店は高校生以上の注文しか受け付けていませんが、子どもの本が得意な書店が一万円選書を企画してくれれば、もっと面白い構成になると思います。

現状、書店は厳しい状況が続いている。当店でも一万円選書の売り上げは増えましたが、店売りは減り続けています。営業日と営業時間を減らして、人員が7人から5人に減りました。売り上げは横ばいの状態です。

けれども、まだできることはたくさんあると思います。私の体験が多くの書店の皆さんの参考になると良いと願っています。

よく、「スマホ世代の本離れ」が語られていますが、当店の場合はスマホ世代の皆さんが、一万円選書に興味を持って検索してくれて、Twitterでつぶやいてくれたから、知名度が上がりました。自分では何の宣伝もしていないのにここまで来ることができて、本当にありがたいことです。

──いわた書店さんのような個性あふれる書店さんが増えていけばいいなと感じています。ありがとうございました。

取材・文/浦島茂世


お話を聞いた企業:いわた書店
北海道砂川市の書店。現在は年に数回の抽選形式で、一万円選書を企画している。丁寧な選書と店長の岩田さんの心暖まる手紙で人気は高く、応募数は年々増えている。

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