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出典:amazon

2019/07/03
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日本プロ野球史上最強のピッチャーは誰だ!!

皆さんの思う「プロ野球史上最強ピッチャー」とは誰でしょうか? 今回は、最強ピッチャーとの呼び声が高い選手たちを「昭和」と「平成」の2時代に分けてご紹介します。今回は、筆者の独断と偏見で選んだ14名の投手を紹介していきます。

目次

最強ピッチャー(昭和編)

沢村栄治

通算成績:現役5年間・63勝22敗

チーム:巨人(1936年~1937年、1940年~1941年、1943年)

戦前のプロ野球創生期を支えた伝説の剛腕投手。
背番号14は巨人の永久欠番となっています。
当時はスピードガンが無かった時代。
一説によるとストレートは160キロ以上出ていたと言われています。
選手として全盛期の時に太平洋戦争に出兵し戦死しました。

戦死後の1947年から、沢村栄治の功績をたたえ、その年度の最優秀投手に贈られる栄誉「沢村賞」が設立されました。

江夏豊

通算成績:現役18年間・206勝158敗193セーブ

チーム:阪神(1967年~1975年)、南海(1976年~1977年)、広島(1978年~1980年)、日本ハム(1981年~1983年)、西武(1984年)

シーズン最多奪三振記録(401個)を持つ昭和を代表する左腕投手。
阪神時代は先発投手として王・長嶋擁する巨人のライバルとして立ちはだかりました。
1971年オールスターゲームでは9者連続三振を記録。

南海・広島ではリリーフ投手として活躍。
特に広島時代の79年日本シリーズでの「江夏の21球」は伝説となりました。

江川卓

通算成績:現役9年間・135勝72敗3セーブ

チーム:巨人(1979年~1987年)

言わずと知れた「昭和の怪物」。
作新学院時代から剛腕として名を馳せ、法政大学を経て巨人へ入団します。
ドラフトの際に「空白の一日」と呼ばれる騒動が起こり、当時大問題となりました。

巨人入団後はエースとして活躍します。
オールスターゲームでは江夏豊に次ぐ8者連続三振を奪いました。
引退年となった1987年に広島戦で、4番小早川毅彦にサヨナラ本塁打を打たれて引退を決意しました。
長年右肩痛に悩まされ、現役生活わずか9年でした。

村田兆治

通算成績:現役22年・215勝177敗33セーブ

チーム:ロッテ(1968年~1990年)

独特な投球フォーム「マサカリ投法」でロッテのエースとして長らく活躍しました。
150キロのストレートと落差のあるフォークボールが武器です。
フォークの落差が鋭いが故に暴投数も多く通算148暴投は日本記録を達成しました。

肘痛に悩ませられ、1983年に渡米して手術を受けます。
厳しいリハビリを経て、84年の終盤に復帰します。
85年は自身開幕から11連勝を挙げ、最終成績17勝5敗でカムバック賞を受賞しました。

山田久志

通算成績:現役20年・284勝166敗43セーブ

チーム:阪急(1969年~1988年)

阪急のエースとして12年連続開幕投手を務めました。
アンダースロー投手としてプロ野球史上最多の284勝。
史上最高のサブマリン投手と呼ばれています。

金田正一

通算成績:現役20年・400勝298敗

チーム:国鉄(1950年~1964年)、巨人(1965年~1969年)

プロ野球史上最多の通算400勝を挙げ、唯一の400勝投手。
敗戦数298、完投数365も日本記録です。

国鉄(現ヤクルト)と巨人で活躍し、背番号34は巨人の永久欠番となっています。

山口高志

通算成績:現役8年・50勝43敗44セーブ

チーム:阪急(1975年~1982年)

阪急で活躍した剛腕投手。
野球関係者からは、「最も速いストレートを投げた投手」と呼ばれています。
当時のスピードガンは性能が低かったため、正確なものではありませんでした。
しかし、対戦した選手からは「160キロは出ていた」とも言われています。

最強ピッチャー(平成編)

田中将大

通算成績:2007年~2016年・138勝51敗3セーブ

チーム:東北楽天(2007年~2013年)、MLB(2014年~)

駒大苫小牧3年時に夏の甲子園決勝で延長15回再試合の死闘を演じ、惜しくも準優勝。

ドラフトで楽天に入団し、当時の野村克也監督から「マー君神の子不思議な子」と称されました。

楽天時代の2013年に24勝0敗1セーブという伝説的な成績を残し球団初の日本一に貢献。
米・大リーグヤンキースでも先発の柱として活躍。

今後も更なる活躍が期待されます。

ダルビッシュ有

通算成績:2005年~2016年・139勝68敗

チーム:日本ハム(2005年~2011年)、MLB(2012年~)

2009年のWBC二連覇に貢献した日本のエース。
2005年に日本ハムに入団し、翌06年に才能が開花します。
150キロを超す速球と多彩な変化球を武器に、2度のリーグ優勝と一度の日本一に貢献しました。
米・大リーグレンジャース移籍後は3年連続2桁勝利をマーク。
その後、肘の怪我に悩まされて手術をしますが、無事に復活します。
2017年シーズンは復活のシーズンになります。

伊藤智仁

通算成績:現役7年・37勝27敗25セーブ

チーム:ヤクルト(1993年~2001年)

150キロを超すストレートと真横に滑る高速スライダーを武器に、ルーキーイヤーに前半戦だけで7勝をマークし、うち4勝は完封勝利という驚異的な成績で新人王を獲得します。

その後、度重なる怪我に悩まされながら抑えとして活躍しましたが、怪我の影響で現役生活僅か7年で引退。

現役時代にバッテリーを組んでいた古田敦也は
「自分が受けた中で一番のピッチャーは伊藤智仁」
と証言しています。

斎藤雅樹

通算成績:現役18年・180勝96敗11セーブ

チーム:巨人(1984年~2001年)

サイドスローの投球フォームで1980年代から90年代にかけて、巨人のエースとして活躍しました。

槙原寛巳・桑田真澄とともに「先発三本柱」と呼ばれていました。

1989年には5月10日から7月15日にかけて11試合連続完投勝利を挙げるなどして20勝をマークしています。
90年にも8試合連続完投勝利を挙げ、2年連続で20勝。

1994年から96年にかけては開幕投手として3年連続完封勝利をマークしました。

ファンからは、「ミスター完投」と呼ばれていました。

野茂英雄

通算成績:現役17年間201勝155敗1セーブ

チーム:近鉄(1990年~1994年、)、MLB(1995年~2008年)

独特なフォーム「トルネード投法」で日米で活躍しました。
日本人メジャーリーガーの先駆者です。

近鉄在籍期間は僅か5年間で、それ以降のキャリアは全てアメリカで過ごしました。

高い奪三振能力を誇り、「ドクターK」という愛称で人気を誇りました。

メジャーでは日本人初の開幕投手と務めました。
1996年に日本人初のノーヒットノーランを達成。
その後、2001年にもノーヒットノーランを達成。
日本人初のメジャーで本塁打を記録するなど、メジャーで「日本人初」の記録を数多く樹立しました。

則本昂大

通算成績:2013年~2016年・50勝40敗

チーム:東北楽天(2013年~)

2013年に新人ながら開幕投手を務めました。
以降4年連続で開幕投手を任されます。
2013年は田中将大との2大エースとして球団初の日本一に貢献しました。

新人から4年連続2桁勝利をマーク。
8試合連続2桁奪三振の日本記録保持者です。
パ・リーグで3年連続最多奪三振を記録しました。
「新・平成のドクターK」として、また日本のエースとして活躍しています。

大谷翔平

通算成績:2013年~2016年・39勝13敗

チーム:日本ハム(2013年~)

野手と投手の二刀流でプロに挑んだ異色の選手です。

野手では強打者として打線の中心にいます。
投手としては最速165キロのストレートが武器の剛腕です。
常時160キロを超すストレートは、他球団にとっては脅威といえるでしょう。

メジャー注目の選手ですが、まだ22歳と若く、さらなる飛躍が期待されています。

参考元

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