温泉には「使命感」で課金 約400湯を巡った温泉オタクOLが、とりこになるまでの5年間

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東京のIT企業でWebニュースの編集者をしている、ながちと申します。「温泉オタク」を自称して温泉愛を叫ぶブログを書いていたら、この度マネ会さまへ寄稿することになりました。

20歳のころに仕事を通してハマった温泉。5年間で巡った温泉の数は約400湯。本記事では、なけなしのお賃金を絞り出し、温泉に“課金”しまくっているOLの実態を書いていきます。

温泉、下手したら海外旅行よりお金がかかる

温泉旅行が嫌いな人は、あまりいないのではないでしょうか。かといって「温泉が好き」なわけではなく、あくまでも「温泉に浸かって旅館でおいしいごはんを食べてビール飲んでふかふかの布団で寝る」過ごし方が愛されているように思うのです。

都内に住んでいる場合、近場の箱根や熱海へ行けば、「温泉に浸かって旅館でおいしいごはんを食べて……」といった欲は満たされます。実際、宿泊予約サービス「じゃらん」主催の人気温泉地ランキングでは、12年連続で箱根が1位。箱根へ行くまでのロマンスカー代と宿泊費だけを見ても、十分に贅沢なお金の使い方だと思います。

ですが実は、温泉を趣味にするともう少しお金がかかります。

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ふかふかのお布団だけでも極楽ですが

例えば、東北の温泉へ行くとします。1泊2日の東北旅行はコスパが悪過ぎるので、4日ぐらいはお休みを使って行きたいところ。交通費だけで往復3万円はかかる上に、温泉巡りに必須のレンタカーも4日間は借りっぱなし。もちろん温泉宿に泊まりたいので、宿泊費は1日につき1~2万円ほど。それに加えてごはん代、入浴代、ガソリン代、高速代……。宿にこだわり始めたら、予算はマジで青天井。国内の温泉旅行4日間で、海外旅行よりお金がかかることもあります。

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山代温泉(石川)
キラッキラの沼ですよ

海外旅行ほどの刺激もなく、目の前にあるのはただ、温泉だけ。それでも、温泉はやめることができない「沼」なのです。

ハマったきっかけは、バイト先のとある「企画」

温泉が趣味になったきっかけは、「仕事で訪れるようになったから」という後ろ向きなものでした。少し長くなりますが、昔話をさせてください。

大学生の頃にバイトしていたWeb制作会社「LIG」が2012年、温泉メディア「温泉JAPAN」の運用を始めました。現社長の吉原ゴウさんが無類の温泉好きで、当時は温泉に特化したネットメディアが無かったため、立ち上げられたと記憶しています。

当時19歳だった私は、国内よりも海外に興味があり、休学して世界一周の旅に出ようと計画していました。バイトの休みをもらおうと、LIGの社員と上野のビビンバ屋でランチをしているときに、「1年ぐらい休学して、世界を一周しようと思っているんですが」と切り出したのです。

答えは「海外じゃなきゃだめなの? 温泉とかどう?」。「温泉JAPAN」のコンテンツの一つとして日本中の湯巡りをしてみないか、と逆提案を受けたのです。

「温泉、全然分からないですけど、やってみたいです」。温泉のことは何一つ知らなかったものの、「誰も経験しないようなことをやる」というただそれだけの好奇心で、国内の温泉地を巡ろうと決めました。

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当時の特設ページのキャプチャ

そして2013年3月。世界一周の夢をいとも簡単に手放した私は、20万円ほどの軽自動車を買い与えてもらい、車を使った湯巡り日本一周の旅に出ます。今となっては素晴らしい経験をさせていただいたと考えていますが、孤独な旅による当時のストレスは相当なものでした。

出発して1週間ほどたった頃、東伊豆(静岡)の食堂で相席になったおじさんに、つい旅の愚痴をこぼしました。「こんなにしんどいと思わなかった、家に帰りたい」と。

数時間車を走らせれば、まだ家に帰れる距離。でも半年間は温泉を巡ると決めたし、今から戻るのはかっこ悪い。しかし、しんどい。ただ温泉に行って写真を撮り、記事を書く日々がつらい。

そんな泣き言を言う私に、おじさんは「楽しいだけならみんなやってる」と一言。

せっかく休学してまで始めたこと。しんどくてもやり切ろうと、腹をくくった瞬間でした。

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相席の残骸。おじさん、ありがとう

それから半年後、どうにかこうにか、日本一周の湯巡り旅を終えました。南は鹿児島の屋久島から、北は北海道の稚内まで。180日間で巡った温泉は約300。温泉の良し悪しなんて分からなかった人間が、いつの間にか「オーバーフロー*1でめちゃくちゃ鉄臭くて最高」などと記事に書くようになっていました。

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取材を終えた報告記事

いい記事を書くため、当時はいくつもの温泉ブログを読み込んでいました。温泉にとって何が価値で、何がマイナスポイントなのか……。「浴感*2」を言語化するのはとにかく苦労した記憶があります。

「じゃらん」編集部に潜り込み、旅行誌の編集者に

それからご縁があり、21歳の頃にリクルートライフスタイルの「じゃらん」編集部で働き始めます。旅行情報誌『関東・東北じゃらん』の編集者として、企画記事を作る日々が続きました。

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趣味に走りまくった企画
(『関東・東北じゃらん』2016年1月号)

湯巡り日本一周の経験を買ってもらい、温泉が豊富な「群馬」「長野」を担当エリアとしつつ、他エリアにも何度か温泉取材へ行きました。湯巡りのときには知り得なかった「宿」の魅力をたくさん学べたのも、じゃらんならではでした(それまでは日帰り入浴専門だったので)。

ですが、このときもまだ、温泉は私にとって「仕事」。自腹を切らなくても、取材というお題目で行ける身分でした。

新卒で全く違う仕事を始め、温泉愛に気付く

じゃらんで2年働いた後、新卒でとあるIT企業に入社しました。もちろん「じゃらんに残って働き続ける」選択肢はあったのですが、別の目的もあり、旅行業界とは全く別の道を選びました。

そうしたらもう、なんですか。温泉インプットも、温泉アウトプットも、ゼロになるわけです。仕事はニュースの編成なので、扱うものといえば、今まで全く触れてこなかった政治経済やスポーツの記事です。かろうじて温泉に触れるのは、「〇〇温泉の〇〇旅館が破産」といった内容のもの。私の中で、温泉アウトプットがないことへのストレスが堆積し始めました。

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温泉行きたい
野沢温泉(長野)

最初の頃は、持て余した温泉の知識をプライベートで生かしていけばいいと思っていました。それでも、以前と比べると温泉に行く頻度は減っていく上に、知見を吐き出す場所もない。新しい仕事では大苦戦していて……。だんだんと温泉どころではなくなってしまい、何カ月もモヤモヤが続きました。

転機となったのは、「これまでの経験を形として残しておきたい」と思い、温泉ソムリエ*3の資格を取得したことでした。温泉ライターや、じゃらんでの経験がありながらも、所詮「新卒ちゃん」なので、今まで培ってきたスキルがリセットされた気がして悲しかったのです。

温泉ソムリエは1日で取得可能な、趣味の延長線上にある民間資格ですが、講義はとっても本格的。久々に温泉情報をインプットした私は「ああ、そうだ、私めちゃくちゃ温泉好きだった。講義、全然チンプンカンプンじゃなかった。むしろ今までの経験が知識として身に付いた感じ。めっちゃくちゃ嬉しい」と大興奮でした。それから、温泉施設の安全管理を行う厚生労働省規定の資格「温泉入浴指導員」も取り、自信を取り戻したのです。

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自信を得たときの顔です

2017年4月、新卒で入社してから1年がたったころ。3日間のお休みをもらって、1人で鹿児島へ出掛けました。理由は、湯巡りをしていたときに一番印象に残った温泉が鹿児島にあるから。どうしても入りたくなって、飛行機に飛び乗り、レンタカーを走らせました。

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湯川内温泉(鹿児島)
ガラスのような温泉なのです

鹿児島の湯川内温泉。足元からぷくりと湧く温泉。永遠に浸かっていられる極上のぬる湯。一晩中浸かっていたくて、そこに初めて宿泊しました。

3日間の一人旅は、過去に行ったことのある温泉と、行ったことのない温泉を1日に何件も巡り続ける、修行僧のようなスケジュールでした。1人で車を走らせていた、あのときみたいだなあ、とぽつり。それでも、日本一周のときとは全く違う気持ちでした。仕事ではなく、趣味として。自分のお金と時間を使って、温泉巡りを一生の趣味にしたいとようやく思えたのです。

1~2カ月に1回は1泊2日の旅 温泉沼にハマっていく

それからは、大体1~2カ月に1回の頻度で1泊2日の温泉旅行に出掛けました。時には夫と、時には友だちと、時には1人で。じゃらん時代のエリア担当だった群馬や長野には愛着があるので、どうしても足が向きがちです。

費用は、だいたい以下の通り。

・交通費(レンタカーor電車orバス)……1~1万5,000円
・宿泊費……1~2万円
・現地での湯巡り代……1,000~2,000円
・ごはん代……2,000~3,000円
・お土産代など……+α

3万円で足りればいいなあ(どうせ足らないなあ)という感じです。1泊2日なので、宿は安過ぎないところを選ぶようにしています。

あとは、年に2回のボーナスが出たら、3~5日間ぐらいでガッツリ一人旅に出掛けます。エリアは東北や九州が多いです。いい温泉が湧いているので山陰や紀伊や北海道にも行きたいですね。

費用も1泊2日よりぐっと上がります。

・現地までの交通費……3万円
・現地レンタカー代……2万5,000円程度(4日間、青森の場合)
・宿泊費……1日5,000~2万円(ビジネスホテルに泊まることも)
・現地での湯巡り代……1日1,000~2,000円
・ごはん代……1日2,000~3,000円
・お土産代など……+α

大体10~13万円くらいで見積もっています。

行くタイミングによって異なるのでなんとも言えませんが、温泉旅行代だけでざっくり年間40~50万円くらいかけているでしょうか。

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川古温泉(群馬)
ここは混浴なので断念……

実はこの原稿もまさに今、温泉旅館で書いています。泊まっているのは群馬・みなかみの「川古温泉 浜屋旅館」。暖かくなってきたこの時期は、ぬる湯のかけ流し、最高に良いです。浜屋旅館の温泉はマジで何時間でも浸かっていられますね。

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湯河原温泉(神奈川)
見た目はすごくインバウンドでした

春先は、湯河原温泉(神奈川)の温泉宿「THE RYOKAN TOKYO YUGAWARA」に行ってみました。経営者が現役の東大女子で、卒論の提出を間近に控える学生を対象にした「卒論執筆パック」などで話題になりました。ここは単純に、温泉がめちゃくちゃ良くてびっくりでした。肌触りがなんとなく「キチキチ」する硫酸塩泉で、すっごくいい匂いです。湯河原は本当に東京で働く人の駆け込み寺ですね。

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蔦温泉(青森)
南八甲田にある名宿です

冬に4日間の青森旅行へ行ったときに、あらためて素晴らしい宿だと思ったのは「蔦温泉」。2回目の訪問です。足元湧出*4の新鮮な温泉、風情たっぷりの建築、絶品ごはん。ぜひぜひおすすめしたい宿の1つです。

温泉愛が深まるほど、憧れ宿は増えていく

温泉旅行でお金がかかるのは「温泉に行くまで」と「宿泊」。目的地が日帰り温泉であれば、節約は十分に可能です。しかし好きになればなるほど、「この温泉に一晩中浸かりたい」「宿のごはんも食べてみたい」「あの宿に泊まってみたい」となるもの。温泉の底なし沼はまさに、宿にあるのです。

例えば、私が行きたいと思いながら価格帯でなかなか踏み込めない温泉宿の代表格が、星野リゾートさん。特に「青森屋」(青森)は、冬になると露天風呂の中央にねぶたが飾られるので、浸かってみたい欲がすごいです。あとはやっぱり「星のや東京」(東京)。2014年に「鉱泉分析法指針*5」が改訂された際、新たに生まれた泉質「含よう素泉」の温泉が湧いているんですよね。気になる。

建築が魅力の宿にも行ってみたいですね。重要文化財に指定されている静岡・修善寺の「新井旅館」や神奈川・箱根の「萬翠楼福住」。建築家の隈研吾氏が手がけた山形・銀山の「藤屋」もいつか行きたい宿です。あとは群馬・草津の「奈良屋」、新潟・越後湯沢の「里山十帖」とか。無限に挙げられます。
いずれも宿泊費は1泊3万円前後するので、もう少しお金を稼げるようになったら絶対の絶対に行きます。



「わざわざ感」が高まる離島や海外に目を向けると、さらに選択肢は広がります。東京・式根島の「地鉈温泉」に、鹿児島・硫黄島の「東温泉」、ニュージーランドの「ロトルア」、アイスランドの「ブルーラグーン」……。

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北投の公衆浴場
個性的な酸性の温泉で、本当に最高でした

台湾の「北投(ペイトウ)温泉」は中心地の台北からも近く、わざわざ感がありながらも行きやすい海外温泉だったので、かなりおすすめです。

とはいえ価格やわざわざ感の高さが満足度に比例するというと、全くそうは思いません。温泉宿を決めるときは、「温泉メイン」と「トータル満足度メイン」どちらを重視するかがポイントです。

いわゆる「名湯」や「秘湯」をアピールしている温泉宿は、ごはんやおもてなしにそこまで注力しなくても、集客できる側面があります。「温泉メイン」で選ぶならごはんは近所の定食屋さんにするとか、「トータル満足度メイン」で選ぶなら日帰り入浴候補をたくさん考えておくとか、そういったバランスを取った方がいいでしょう。



ちなみに先日、温泉専用のTwitterアカウントで投稿した以下のツイートがとても多くの方に読まれました。


5月に「今は温泉のベストシーズンです」と投稿したのですが、究極的なことを言えば、ベストシーズンは365日です。とはいえ、夏が近づいて本格的に暑くなる前の時期は、露天風呂が特に過ごしやすいのは事実。梅雨入りの時期は、雨が降ってもOKな屋根付きの露天風呂がおすすめです。夏本番は源泉温度の低い「ぬる湯」や、さっぱり浴感の「モール泉」「炭酸水素塩泉」のほか、海の景色を楽しめる温泉も良さそうですね。


温泉オタクにとって、温泉旅行は「使命感」

こんなに温泉への愛を書き連ねていても、残念ながら旅館・ホテルの廃業は相次いでいます。観光経済新聞によると、2017年の倒産数は75件で、前年比7.4%減とのこと。ついこの間まで浸かれた温泉に、もう浸かれなくなるかもしれないという危機感があります。

ですから、好きな温泉には1円でも多くのお金が落ちてほしいと、心から願っています。そして自分も、お金を落としに行かなければいけない。突然の別れをなるべく回避するために。

個人的には、温泉旅行に課金するのは「使命感」だと思っています。皆さんも、旅行先を選ぶときは「どこでもいいや」「安ければいいや」となる一歩手前で、「ここにお金を落としたい」という観点で考えてみていただけるととても嬉しいです。

著者:ながちid:takachilog

ながち

全国各地の温泉を取材した経験を持つ、IT企業の会社員。旅行情報誌「関東・東北じゃらん」の元編集。現在25歳、これまでに入った温泉は約400。好きな言葉は「足元湧出」。女性誌「GINZA」で温泉コラムを連載中。



はてなブログ:いつか住みたい三軒茶屋
Twitter:@onsen_nagachi
Instagram:@onsen.ikitai

※6月7日13:05ごろ、記事の一部を修正しました。ご指摘ありがとうございました。

*1:湯船から温泉がざばざば溢れている状態

*2:温泉に浸かったときの肌触りなど

*3:温泉ソムリエ協会が運営する民間資格。温泉の知識や正しい入浴法を身に付けることができる

*4:湯船の底から温泉が湧いている状態

*5:温泉の泉質を定義する行政指針