「スゴ本」の中の人が選ぶ「命の値段」を見つめ直すための本

「スゴ本」の中の人が選ぶ「命の値段」を見つめ直すための本

「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」を運営している、Dainと申します。

あらゆるものに値段がついている。

水や空気、株を買う権利にまでついている。では、命にはいくらの値段がついているのか?

そもそも命に値段なんてついているのかを考える4冊を選んだ。この話題になると、「あらゆる命は平等」だとか、「人の命は地球より重い」といったスローガンを掲げる人が出てくるかもしれない。気持ちは分かるが、レトリックにすぎない。

人ひとり、一年延命させるのに、相場はいくらなのか。優先すべき命とそうでない命の判断基準は何か。赤ちゃんの単価はいくらか。喫煙者の命の値段は高いのか安いのか。不治の病とされていても、お金があればなんとかなるのか。なんとかなる/ならない境界はどこなのか。

ある種の時間をお金で買えるように、生きるも死ぬもカネ次第な瞬間が、人生にはあるのかもしれない。

人の命の相場が分かる『医師の一分』

医師の一分

  • 作者: 里見清一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/12/17
  • メディア: 新書

命には値段がある。本書によると、一人一年1100万円だ。「優先すべき命」とそうでない命がある。リソースが限られている場合、子ども・労災が優先され、自殺未遂・暴走族による事故は後回しにされる。

こうした本音は、トリアージ((負傷者を重症度、緊急度などによって分類し、治療や搬送の優先順位を決めること))しなければならないような切迫した状況だと見えやすいが、普通は病院の壁の向こうにある。ひたすら死を先送りにしようとする現場では、「もう寿命だから諦めなよ」という言葉が喉元まで迫ったとしても、口に出すことは許されない。

だから、著者はこの本を書いたのだろう。がんの専門医として沢山の臨終に立ち会ってきた著者が、現代医療の偽善を批判する。自己決定という風潮を盾に判断を丸投げする医師を嘲笑う。90歳過ぎの老衰患者に、点滴+抗生物質+透析+ペースメーカーまで入れるのは、本当に「救う」ことなのか?と現代の医療に疑問を突きつける。

毒舌をてらってはいるものの、ナマの、辛辣で強烈な批判は、わたしが死ぬ際の参考になる。他人に振りかざしたなら「不謹慎」であり「乱暴」と非難されるかもしれないが、自分の死のコストを考えるならばいいだろう。

例えば、命の値段を、一人の寿命を一年延ばす(治癒させる場合は、次に起こるであろう病気や事故、または老衰で死ぬまで)のにいくらかかるのかという指標で計算すると、一人当たりGDPの3倍に相当するという。

そして、「一人一年」の延命効果を示すのに、これ以上の費用がかかる治療はコストパフォーマンスとしては見合わないという。この主張は画一的だろうが、少なくとも「見える化」は図られている。

今から見える、少し先の未来も興味深い。国立社会保障・人口問題研究所の予測によると、高齢者の人口のピークは2042年で3878万人になるそうだ。そして、高齢者が多くなるということは、死ぬ前の「元気でない期間」も長くなり、ただでさえパンク寸前の病院は収容しきれなくなる。

これから、「自宅で死にたい」というご老人も増えるだろうが、家族もなく、手厚い介護や医療サービスもない「在宅死」なんて、孤独死もしくは野垂れ死にと大差ないそうな(「ピンピンコロリ」は、めったにないから理想扱いされていることを忘れないように)。

この時代になると、現在より40万人多い167万人が毎年死亡することになる。これから先、人生のエンディングを迎える人々が人口の中で集中するにつれ、命の相場も上がりそうだ。

「お金で健康は買えない」は嘘だ 『がんとお金の本』

国立がん研究センターのがんとお金の本 (国立がん研究センターのがんの本)

  • 作者: 片井均,大江裕一郎,若尾文彦
  • 出版社/メーカー: 小学館クリエイティブ
  • 発売日: 2016/11/22
  • メディア: 単行本

がんが不治の病と呼ばれていたのは昔の話。今は、場所や進行度合いにもよるが、お金をかけて治療する。だから、「お金で健康は買えない」ではなく「お金で買える健康もある」が正解だ。

『がんとお金の本』は、がんの検査や治療にかかるお金を実例で紹介している。

10割負担として計算すると、胃がん100万円、乳がん200万円、肺がんだったら300万円かかる。もちろん、この計算は乱暴だ。がんの発生場所、病期(ステージ)、治療方法、入院期間などによって、まるで違う。「がん」という名前だけで、全然別の病気に見える。

例えば、胃がんの検査や治療にかかる100万円の事例は、「ステージI期、腹腔鏡下幽門側胃切除術((ふくくうきょうかゆうもんそくいせつじょじゅつ:腹腔鏡下に「胃の下側(幽門側)2/3と領域リンパ節」を切除する術式))のみ、11日間入院」となる。大動脈リンパ節転移で切除不能だと化学療法のみとなり、46万円と半額になる。ステージが進むほど治療できることが限られてくる傾向がある。

日本人の二人に一人はがんになるのなら、がんにかかることを前提としたほうがいい。そして、がんになる人がそれだけいるということは、そうした人々を支える助成制度が準備されている(この点、カネの切れ目が、命の切れ目である国と比べて、日本はすごいと思う。)。高額療養費制度((医療費の家計負担が重くならないよう、医療機関や薬局の窓口で支払う医療費が1ヶ月で上限額を超えた場合、その超えた額を支給する制度))は知ってはいたが、高額介護療養費と合体した制度があることは知らなかった。他にも、高額医療費の貸付制度や、収入に不安がある場合に頼れる制度が紹介されている。上手く活用することで、命の切れ目の上限額ラインを引き上げることは可能だ。

問題は、がんになるか、ならないかではない。「いつ」がんになるかということと、「どの」がんになるかである。自分が何歳のとき、どの程度のステージで発見できるのか、どの場所のがんなのかを想定して、準備をしておいたほうがいい。

その上で、罹患(りかん)部位ごとの5年生存率を見ながら、どこまでの治療を選ぶかを考えておく。そのために、どの段階でどのような治療が標準的なのか(そしてそれはいくら位なのか)を押さえておく必要がある。

「とにかく長く生きる」ことを目的とし、カネに糸目をつけず、身体へのダメージも辞さないというスタイルもありだし、残りの時間をできるだけ穏やかに過ごし、なおかつお金の負担がかからないようにするというやり方もある。「お金で買える健康」は、自分で選択できるのだ。

喫煙者の命の値段はいくらか?『人でなしの経済理論』

人でなしの経済理論-トレードオフの経済学

  • 作者: ハロルド・ウィンター,山形浩生
  • 出版社/メーカー: バジリコ
  • 発売日: 2009/04/03
  • メディア: 単行本

これは、ひっかけ問題が面白い。まず、この話題がタバコについてだということを、いったん置いておこう。そして、ある製品(仮にXとしよう)について考えてみる。その特徴は、こうなる。

1. 製品Xは、ずいぶん昔から多くの人が使っている
2. 何年もかけて製品Xを使うと、健康被害が出たり、死んだりする確率が増えることを示す、まちがいのない証拠が山ほど集まっている
3. 身近な愛する人と一緒に製品Xを使うと、彼(女)も死んだり、健康被害を受けたりする可能性が高まってしまう
4. 全く見知らぬ人の周辺で製品Xを使っても、彼(女)も死んだり、健康被害を受けたりする確率が増える

さて、これだけネタが出そろえば、製品Xを禁止するのが、まともな社会政策だという結論を出してもいいものだろうか?

製品Xの答えは、クルマ。なぜタバコは悪者扱いされるのに、クルマはそうじゃなのか、という疑問を、著者は突きつける。そして、実際のところは、それぞれの便益と費用を比較した結果、喫煙派を上回る「反喫煙派」が形成されてしまったことが原因だと喝破する。

そう、とどのつまりはトレードオフ。社会問題を考える上で、経済学的な議論は有意義だという。ややもすると、「正しいか間違っているか」という個人的な正義のイデオロギーの泥仕合に堕ちてしまう議論が、費用と便益に注目することで、同じモノサシで比べることができるのだ。

そのモノサシとは「カネ」だ。費用については損失分を金額で出せる。想定される被害額と期待値で出せばいい。一方便益については、助かる人命や、回避されるケガなどについて、金銭で相当額を計算できる。喫煙・嫌煙問題も、「いくらなら吸うか?」という身も蓋もない話にできる。

そして、この問題を考える上で、見落とされがちな視点がある。それは、喫煙者がタバコを楽しんでいるという便益だ。人の命に値段をつけるなら、この便益も換算した上で考慮したい。

健康なグアテマラの赤ちゃんは2万5千ドル 『ベビービジネス』

ベビー・ビジネス 生命を売買する新市場の実態 (HARVARD BUSINESS SCHOOL PRESS)

  • 作者: デボラ・L・スパー,椎野淳
  • 出版社/メーカー: ランダムハウス講談社
  • 発売日: 2006/11/23
  • メディア: 単行本

幼い命に焦点を当てると、命の単価が見えてくる。

健康なグアテマラの子は、2万5千ドル、代理母との契約は5万9千ドル、一流の卵子なら5万ドルだという。
生命を売買する生殖ビジネスを紹介した『ベビービジネス』を読むと、臓器売買と同様、欲する人がどれだけカネを持っているかに依存することが分かる。

・遺伝的に劣位な胚を除外する生殖補助サービス
・「あなたに似た人」をカタログ販売する、国際養子縁組業者
・キャリアを優先し、妊娠可能時期を逃した人が、大金で代理母を求める
・肌・目・髪の色や遺伝特質を予めセットアップされた、「デザイナーベビー」
・難病の我が子の治療に必要な髄液のため、生物学的に同じ「子」をつくる

これらの現状と未来に、嫌悪感をもよおす人がいるかもしれない。ビジネスで「赤ちゃんを作る」という試みは、道徳的なジレンマの最も激しく深いところに触れてくる。

人として、親として、子どもを経済的なモノと見なすことはできない。子どもはお金ではなく、愛の賜物であり、どんな市場の影響も及ばないところにある、文字通り「プライスレス」だ。

その一方、お金に糸目をつけず、子を切実に求める需要がある。需要がある限り、それを供給できる医療技術やサービスがある限り、「ベビービジネス」市場は成立する。法で縛る国もあるが、市場にとってみれば、それは「規制の厳しいところと緩いところがある」にすぎない。

子どもが欲しくても得られない人は、規制の無い国へ「旅行」し、法外な料金のかかる旅行から帰ってくるとき、「親」になっているという寸法だ。止められない流れとなっていることが、こわい。既成事実は、わたしの想像よりもずっと先にある。

あらゆるものに値段がついている。カネの切れ目が命の切れ目となるのなら、命には確かに相応の値段がついている。人生を微分すると「今」になる。その今を生きるのに、どれだけ支払えるのだろうか? 考える材料として、これらの本を手にしてほしい。

ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」 の中の人。気になる本を全て読んでる時間はないので、スゴ本(凄い本)を読んだという「あなた」を探しています。

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